Bear Diary

#1

この「Primavera Sound旅行記」は元々noteでテスト的に書いていたものだけど、今回Bear Blogを開設したのでなんとか成仏してもらおうとこちらに残しておくことにした。

確か去年(2019年)の秋~冬くらいに書いてて、もちろんその頃には世界がこんなことになるとは思ってなかったし、プリマベーラどころかコーチェラもグラストもフジロックさえも全部なくなってしまうなんて想像もしてなかった。なので今読み直すとすごく無邪気に「楽しかった」ということしか書かれてない。今、同じものを書こうとしても「楽しかった」だけで終わることはたぶんできないだろう。二度と戻らない(かもしれない)フェスティバルへのセンチメントがべっとりと染みついた湿っぽい内容になってたと思う。

6回に分けて書いたものをまとめているので大変な分量になってしまったけど、これでどうか成仏してください。


「Glastonbury Festivalに行きたい」

友人とそんな話をしてるうちにどうにも盛り上がってきたので、Glastonbury Festival (以下 グラスト)へのツアーを企画している原宿の小さな旅行会社を訪ねてみた。 応対してくれたオーナーと思しき男性に「グラストに行きたいんですけど」と伝えると男性は「最近はなかなかチケットの確保できなくてツアーは受け付けてない」と申し訳なさそうに、いやそんなに申し訳なさそうでもなかったかもしれないけど、とにかくそんなようなことを言った。 「代わりにレディングなんかはどうか」と提案されたものの、イマイチ気が乗らない。俺たちは、グラストに、行きたいんだ。

しかしこの時期(2013年10月末ごろ)なら来年のチケットは取れるだろうというのは今にして思えば甘い考えだったと分かる。 来年のチケットなんかその時点でとっくに売り切れていたのだ。世界屈指の人気フェスをなめてはいけない。

その時、別の選択肢として気になっていたフェスの一つがスペインはバルセロナで開催されるPrimavera Sound (以下 プリマベーラ)だった。その年は久しぶりの再結成を果たしたThe Postal Serviceがヘッドライナーを務めていたりして、いい意味で時代にあまり影響されない、我が道を行くラインナップが魅力的だったので印象に残っていた。友人からは 「Arcade Fireが見たい」(彼らは翌年のグラスト出演が決まっていた)とリクエストがあったものの、その時点ではまだどのフェスも翌年のラインナップが出ておらず、とりあえずその場は保留となった。

そして年明け。1月末に発表されたプリマベーラのとにかく見づらいラインナップからArcade Fireの名前を見つけたボクはすぐに友人に連絡した。そしてその場でバルセロナ行きが決定した。


プリマベーラに行くことが決まってすぐにインターネットでチケットを購入した。決済するとすぐに電子チケットの控えがメールで送られてくる。「このスピード感が海外っぽいな!」などと盛り上がりつつも、内心「本当にこんな紙切れで入場できるのか…?」と不安にもなった。

今回はプリマベーラに合わせて思い切って2週間ヨーロッパを周遊することにした。会社に入ってからというものそんなに長い休みを取ったことはなかったけど、30歳になった頃から「自分の知らない世界が見たい」という気持ちがふつふつと湧いていたのでいい機会だ。幸運にもロンドンではArctic Monkeysが、パリではArcade Fireがライブをやる予定があり、せっかくなのでそれも見に行くことにした。こうなったらもうやれることは全部やっておこうじゃないか。

チケット、航空券、宿泊、休暇…と準備を進め、いよいよ出発。まずは羽田空港からロンドンへ。思い出を語りだすときりがないけど、見るもの全てが新鮮ですごく楽しかった。初めて入ったパブで初めて飲んだまずいビールすらも愛おしい。Arctic Monkeysのライブでギターリフを大声で熱唱するイギリス人を見た時ははるばるイギリスまで見に来た甲斐があったと感動した。

ロンドンからバルセロナ行きの飛行機がちっとも来なかったことさえもいい思い出のような気がしなくもない。


ロンドンからバルセロナに到着し、驚異的に勤労意欲がない空港職員による入国審査(ただの雑談に近い)を終えて街に出る。プリマベーラの会場(Parc del Forum)はアクセスが簡単なので市内にホテルを取っておけば、昼はバルセロナ観光、夜~朝はフェスと一日を有効に使うことができる。ボクたちもそのつもりで予定を組んでいた。でもそんなのはあくまで理論上の話だ。人間は24時間寝ずに行動し続けることはできない。旅程の基本的かつ致命的な誤りにも気づかないまま、「スペインのワインはうまい」「ピンチョスもうまい」などとバルセロナでの最初の夜を浮かれて満喫した。

翌日はプリマベーラの前夜祭。昼間はしっかりとバルセロナ観光を楽しみ、地元のパエリアに舌鼓を打ち(これは本当においしかった)、夕方から会場に向かった。会場付近ではインド人がバケツで冷やしたペットボトルを売っている。フェスに限らずヨーロッパの観光地ではよく見かける光景だ。同時にカタルーニャの独立を訴える人々が街頭でなにかを配っており、受け取ってみるとそれは空気で膨らませるビーチボールだった。表面にはしっかり「カタルーニャ独立」と書いてある。「海辺で若い男女がいそしむナンパな遊び」というイメージがあるビーチボールに政治的メッセージを込めるのが果たして効果的なのかはよくわからない。

会場のParc del Forumは海辺のイベント会場でいくつかの屋外ステージや隣接するホールでライブが行われ、前夜祭の今日は中くらいの規模のステージでのフリーライブが開催される。リストバンドの交換は今日からできるということなので紙切れのチケット控えを手に列に並んだ。「これでだめだったらどうしよう…」と怯えていたけど、スキャンされたチケットに問題はなく、無事リストバンドと謎のカードを手に入れた。これで心置きなく前夜祭を楽しめる。

前夜祭はSky Ferreira、The Temples、Storomae…とフリーライブとは思えない豪華なラインナップで、まったく想定していなかった豪雨にも関わらずめちゃくちゃに盛り上がった。途中あまりの雨で傘をさしながら見ていたら地元の女の子がささっと入ってきて雨宿りをしていった。全然言葉が通じなかったけど、なんとなく素敵な思い出だ。なぜか日本人が出店していた屋台で震えながら食べたカップヌードルの味も忘れられない。

しかしこの時点で病魔は確実にボクを蝕んでいた。


プリマベーラ初日。昨日の豪雨が嘘のような晴天。今日も昼間からバルセロナ観光を楽しむ。といってもすでに旅行も出発から一週間経ち、ハードなスケジュール続きでどうにも身体が重い。二人とも休養日を設定せずに予定を詰め込む傾向があり、ここにきてそれが間違いだったのではないかという考えが脳裏をよぎる。しかしここは情熱の街バルセロナ。魅力的な名所や名物が街中にあふれており、なかなかスルーすることができない。今日も昼間からまたせっせと歩き回ってしまった。

いよいよフェスが始まった。会場への行き方はすでに覚えてるし余裕だ…と思っていたら思わぬ落とし穴があった。入場口でリストバンドと同時に謎のカードの提示を求められたのだ。ついさっきホテルで「このカードなんなんだろう」「記念品かな」などと間抜けな会話をして部屋に置いてきたあのカードだ。しかも入国審査よりもはるかに勤勉なセキュリティは一歩も譲る気配がない。仕方なくタクシーでホテルまで戻り、カードを持って再び会場へ。おかげでReal Estateのライブを見逃してしまった。まさかこんなところでつまずくとは思わなかった。あのカードになんの意味があったのかは未だによくわからない。

出鼻をくじかれはしたものの、ここまで来たらとにかく満喫するしかない。二つのメインステージで交互にライブが進行する忙しないフェスのスタイルも元気なうちは次々にライブが見られてうれしいものだ。念願のArcade Fireは最後の最後まで「Wake Up」をやらず睡魔に襲われかけたけど、ボクたちを含めた観客の溜めに溜めたエネルギーが最後の合唱で爆発する様子は感動的だった。その後のDisclosureではアメリカから来たという女の子とわいわい踊り明かした。こんなに楽しいことがあるだろうか。深夜(早朝)にホテルにたどり着いたころにはすでに満身創痍。ぶっ倒れて気絶。


翌朝、起きた瞬間に身体が異常をきたしてるのを感じた。とにかくダルく、節々も痛い。来ていたTシャツは尋常じゃない量の汗で濡れている。完全に、完璧に発熱している。度重なるハードスケジュールに前夜祭の無慈悲な雨、そして朝から晩までの無茶な行動…ついに限界が来たのだ。幸か不幸か外はまたひどい雨が降っており、観光しようにもしばらくは待機せざるを得ない状況だったので、友人に体に優しそうな食べ物を買ってきてもらい、夜までひたすら寝て体力を回復させることにした。ここまで来てフェスを諦めてホテルで寝て過ごすわけにはいかない。人生でこんなに真剣に眠ったのは初めてだったと思う。体中の器官や細胞、免疫システムが損傷を修復すべく全力を尽くしていた。悪いものを全て流し尽くすように汗が流れた。意味の分からないたくさんの夢を見た。

夕方起きると雨は止んでおり、身体は完全に回復していた。実際は完全には程遠い状態だったとしても少なくとも「ライブを見に行こう」と思えるくらいには回復していた。会場に着くとあちこちに大きな水たまりができており、夕暮れの光が反射して美しい。湿度が低いので雨上がりという感じがあまりない。何事もなかったように二日目が始まっていた。

昨日の反省を生かして合間合間に休憩を挟んでいくことにした。落ち着いて会場を見てみるといたるところに座って休めるスペースがあり、プリマベーラが海からの風と街の灯りが混じり合う、実に素敵なフェスティバルであることにようやく気付いた。屋台の食べ物はイマイチだったけど。


いよいよプリマベーラ最終日。この日の昼は観光もそこそこに評判のレストランへ。開店と同時に並んだものの、結局食べ物にありつくまで1時間アメリカ人観光客の汚い尻を眺めながら待つことになった。料理はおいしかった。

最終日なので今日は思いっきり楽しもうとホテルで休憩し、体力を回復してから会場へ向かう。体調不良もすっかり回復したようだ。地元の大物Caetano Velosoを芝生に寝転んで見たり、Blood Orangeの「Time Will Tell」で周囲のカップルが一斉にいちゃつき始めたり、3日目ともなると慣れてきていろいろ周りが見えてくる。そして慣れた頃にはもう終わりが近づいているのが切ない。 さまざまなアーティストが轟音や祝祭感、それぞれの形で感傷を吹き飛ばす深夜の時間。もうすぐフェスが終わる。ふと「ボクはこんなところで何をやってるんだろう」と不思議な気持ちになった。このポツリと感じる心地よい孤独感と一抹の名残惜しさが人を次の旅に掻き立てるのかもしれない。Mogwaiの大騒音がすぐ近くのヒルトンホテルに宿泊しているであろう罪のない観光客を直撃しているのを眺めながらそんなようなことをぼんやり考えた。あそこには絶対に宿泊したくない。

初めての海外フェスでペース配分を間違えて体調を崩したりはしたものの、異国で普段はあまり見られない人たちのライブを見る喜びを存分に味わった4日間だった。そして「来年はグラスト行こうぜ」という思いを胸に帰国…いや、実際にはフランスへの途についた。正直まだまだ身体は回復してないし、隣の友人は昨日から不安な咳をしている。スペイン土産で荷物が重い。でもパリではArcade Fireがボクたちを待っているのだ。

俺たちの戦いはこれからだ。